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バルカンを語る。

水星は最も太陽に近い惑星である。
この水星よりさらに内側を、未知の惑星が公転していると強く信じられていた時期があった。
この未知の惑星の名称をバルカンという。


今日、バルカンの存在は完全に否定されている。


水星の近日点は少しずつ移動している。
この理由はニュートン力学では、まったく説明がつかない。
そのため、水星の内側を公転する未知の惑星が、水星の運動に影響を与えているという仮説が提示された。


この仮説にさらに信憑性を与えた人物がいた。
フランスの数学者ルベリエである。


以前、天王星の運動が力学の計算結果と一致しないことが問題となっていた。
ルベリエは、未知の惑星が天王星の外側に存在し、その重力で天王星の運動が撹乱されると洞察した。
そして、天王星の観測データから綿密な計算を繰り返し、未知の惑星の軌道を明らかにしたのだった。


その後の望遠鏡観測によって海王星が発見(1846年)されたのだが、その位置はルベリエの予測と大差はなかった。
ルベリエは、望遠鏡を使うことなく、ペン1本で未知の惑星の位置を予告したのである。
そのルベリエが、二匹目のドジョウを狙ってか、水星の内側の新惑星の仮説をプッシュした。


これを機に新惑星の探索ブームが巻き起こった。
発見レースに参入した人々のマインドは「あるかもしれない」から「あるに違いない」にヒートアップした。
未発見にも関わらず、バルカンという名称まで与えられた。


「バルカン発見」の観測報告も繰り返し発表されたが、それらは、すべて再現されることはなかった。
実在しないのだから、当然である。
いくら探しても発見されないバルカンを求めて、人々は踊り、誤報に振り回された。


なぜ、バルカンは見つからないのか?
この問題は、19世紀の研究者にとってはまったく予想外の真理によって解決した。
アインシュタインの一般相対性理論である。


物体は速度によって質量が変わる。
「速く動けば重くなる」と解釈すれば分かりやすい。


ケプラーの第二法則によると、惑星は近日点では速く、遠日点では遅く動く。
これに相対性理論の効果が現れるので、惑星は近日点では重く、遠日点では軽くなるのだ。
水星の軌道は、楕円の度合いが大きい(離心率が大きい)ので、近日点と遠日点での質量の差が他の惑星に比較して顕著になるのである。


近日点を通過するときの水星は重くなっている。
このため、水星は近日点のカーブを曲がり切れず、本来の公転軌道から外側に膨らんだ軌跡を描いて遠日点へと向かうことになる。
これが、公転周期の88日毎に繰り返されるので、水星の近日点は少しずつ移動していくのである。


相対性理論による予測と、水星の運動がズバリ一致したため、バルカンの存在は否定されたのである。
なお、惑星の形成理論においても、水星の内側に惑星サイズの天体が生じる可能性はあり得ないとされている。


発見レースに参入した人々は、なぜ実在しないバルカンを発見できたのだろうか?
そして、なぜ誤報が繰り返されたのであろうか?
この故事は、実在しない火星の運河の観測を続け、何年もかかって運河の精密な地図を完成させたスキアパレリと通じるものがある。


人は、信じたものを目撃するのである。




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